マーシャル訪問記2016

2016年2月24日~3月5日

文と写真:武本 匡弘(ビキニふくしまプロジェクト)


見事なハーモニーのコーラスで行進する学生達、とても感動的な歌声でした。

 

※3月1日は、朝9時から記念式典の行われる会場までの行進がありました。

前日、政府からのお知らせで国内の全携帯電話に、参加呼びかけと白系のシャツ着用のお願いなどがありました。

マーシャル諸島共和国(以下マーシャルとする)への3度目の訪問は、以下の目的を持って行きました。

  1. 写真絵本「ふるさとにかえりたい」の英訳版発行に向けてサンプル本を持参し、主人公リミヨさんとの校正作業を行う。
  2. その販売。普及などの為に関係者からの意見や情報の収集。
  3. 3月1日 「ビキニデー」式典への参加。
    ※マーシャルでは Nuclear Victims Remembrance Day (核被害者のための記念日)と呼び祝日になっています。
  4. 坂田雅子監督の映画「私の終わらない旅」の英語ナレーション版の関係者への紹介と上映会の開催計画
    (ビキニ島、キリ島でもロケを行ったドキュメンタリー映画)
  5. 将来予定している、反核キャンペーン等の目的を持ったマーシャルへのヨットでの訪問に向けての事前調査など。

以上の各目的のためにお会いした方々(敬称略)

Perter Anjyain(ネルソン アンジャインさんのお孫さん)      Jack  Niedenthal(ビキニ島民代表)

Carol Curtis(Alele博物館館長)

Anderson Jibs(ビキニ環礁 メイヤー)

Hilda Heine(マーシャル共和国大統領)             Kathy Kijiner(詩人)

Charlotte Gold(エニウエトク島民)

Grace Abon  (ロンゲラップ事務所)他、ロンゲラップ島民

岩田 哲哉(在マーシャル日本大使館 一等書記官)

根来 裕行(マーシャル環境保護局 JICA 職員)

リミヨさん タルネスさん御夫妻

池谷 千穂(ビキニふくしまプロジェクト)

Bill Graham(核被害補償裁判所 顧問)

Giff Jhonson(マーシャル アイランド ジャーナル編集長) 

Joe Murphey (同新聞社社主)

Tony deBlum(元外相 焼津ビキニデーへ出発前日自宅に訪ねる)

Simon Typou (ビキニ事務所職員)

Brook Takara   (エニウエトク島民 NPO団体代表)

Mary Silk (核研究所責任者 マーシャル短期大学講師)

Cary Evarts, Karen Earshaw(マジュロヨットクラブ 他)

高谷 直 (マーシャル短期大学 IT課 JICA職員)

橋本 岳 (元JICA 小学校教員)

James Matayoshi (ロンゲラップ村長) 



「ふるさとにかえりたい」こそマーシャルで求められている写真絵本!
確信が日々深まるマーシャルでの出会い

リミヨさんとの校正
リミヨさんとの校正

マジュロでの初日、早速リミヨさんの自宅を訪れました。

英語版サンプルをお渡しした時のリミヨさんの驚きよう、喜びようは忘れられません。 何と、お渡しした翌日にはさっそく 「校正作業を始めましょう」と電話があり、取りかかりました。

リ 作業中、リミヨさんは教員だったことから時折正に教育者らしい表情を見せ、小学生時代ワルガキだった僕をピッとさせます。

 

計4日、ご自宅に伺いマジュロを発つ前日最終確認をし、やっと作業を終えることができました。

マーシャル短期大学図書館、Alele博物館の図書館など原水爆実験の事に関しての書物を調べましたが、驚くほど見当たりません。子どもにも分かりやすい絵本などは皆無といってよいのではないかと思います。

「あなた達は本当に良くやってくれました」

リミヨさんからのこの言葉は、「ビキニふくしまプロジェクト」に関わる全ての方々の心に届くものと思うのでした。

ビキニ事務所の Simon Typou さんに「原水爆実験の歴史をどのくらいの子ども達が知っているか?」と聞いてみました。

「マーシャル全体だと、たとえ高校生レベルまでいれても一割にも満たないだろう…。」との事。

もともと文字を持たないマーシャルの人たちはアルファベットで綴ったマーシャル語、又は英語文でかろうじて読む、そういう状況です。

 

この写真絵本がこれほど求められることはないのではないか?という気持ちに迫られました。

リミヨさんに限らず会う人会う人に見せ、読ませ、そして意見や感想を求めました。

 

詩人の Cathey Kijiner さんは、「この女性作家はどのような創造心で書いたのでしょうか?」と言う興味を示し、羽生田さん

の話をしたところ強い関心を持ってくれました。

 

(Cathey さんは、一昨年国連でマーシャルの窮状を訴えるスピーチと詩の朗読をしています)

 

「何てきれいな写真!」この第一声が一番多く、島田興生さんの入魂の写真の素晴らしさ、構成、そして日本の印刷技術

の高さも誇れるのではないか?という思いを強くしたのでした。

博物館の女性館長 Carol Curtis さんは、博物館には米本国のみならず、ニュージーランド、オーストラリア、ヨーロッパなどからの訪問者も少なくない等、ヒントを頂き、販売価格の事まで提案を頂きました。

 

ユタ州出身の彼女は、もう40数年マーシャルに居て地元での教育活動に尽くしています。

博物館の女性館長 Carol Curtis さん
博物館の女性館長 Carol Curtis さん

核被害補償裁判所の Bill Graham さんに、本と坂田さんの映画のDVDを渡したところ、翌朝に「今日、すぐ会おう!」と電話があり、「このような本も映画も今までにないものだ!」と一言!彼はさっそく各方面に連絡をしてくれました。

 

ビルは私の帰国日の朝出発に合わせ、数十分でもいいから会おうと言ってくれ私達は朝7時にホテルのレストランで会いコーヒーを飲みながら別れを惜しみました。

 

別れ際「君はマーシャルにとって真の友人だ」と自筆で書いたカードを渡してくれました。

核被害補償裁判所のBill Graham さん
核被害補償裁判所のBill Graham さん


それぞれの島の苦悩

リミヨさんのスピーチ、右端は米国大使
リミヨさんのスピーチ、右端は米国大使

マーシャルでの原水爆実験開始から70年。

マジュロで行われた式典で今年も米大使館大使の挨拶では「アメリカは十分な補償を行っている」というもの、謝罪の言葉は全くありませんでした。

 

それに対し、被ばく者代表リミヨさんのスピーチは、特別な響きを持ち、心を揺さぶるものでした。

各島からの代表、関係者、来賓など全員が会場の参加者に向かってのスピーチだったのに対し、リミヨさんは何度も壇上の関係者を振り返り、語りかけ、疑問や怒りをぶつけ、そして心の底から訴えるようなスピーチだったのです。

 

もう半世紀以上も故郷を追われた人々。でもこれは他人事ではないのです。

 

福島では未だ多くの人たちが避難生活を強いられています。

 

いつ帰れるかも解らない故郷、核の被害により消滅自治体と言われ町や村が本当に消滅してしまうかもしれない現実があります。

リミヨさんの言葉は決してロンゲラップ島民の叫びだけでなく、私達の国の悲劇さえも代表してくれているような気がしてなりません。

ウトリック環礁は水爆ブラボーの際、島民157名が被ばくしています。

ロンゲラップ島民と同じ1954年3月3日に米駆逐艦によって同じクワジェリン基地に搬送されました。

 

しかし、たった3か月後にはウトリックに帰島させられ2重被ばくをさせられました。

ウトリック環礁のパネルには、「私達は世界平和と人類の 利益のために核被害者にされた」と書かれていました。


ビキニ島民が避難しているエジット島(マジェロ環礁内の小島)での式典。

 

小学生が様々なパネルを作って行進。

 

両足の不自由な子のお世話は、担当や 順番があるわけでなく、自然に交代しあって車椅子を押していました。 

エジット島は、島をぐるっと回っても20分とかからない 本当に小さな島です。 そこに、ビキニ島民500人前後の人たちが住んでいます。


エニウエトク島民と結婚したアメリカ人女性Brooke Takaraさん。

放射能汚染物質をコンクリートで格納したルニットドームの金属部分を島民が削り取り、中国人業者に売っているという話を聞き驚きました。

「島民にとって、削った金属を売るのが唯一の現金収入、それほど悲惨な生活状況なのです」と話す。

 

島によって事情は様々です。

また核実験の影響に起因する差別等も存在します。

“エニウエトクの魚は放射能の影響でみな大きい!”という話や“島民は頭がおかしくなっている”、“ブラボーマン(ビキニ島民の事)はアメリカからお金をもらっているから働かなくても良い”などなど…。

ブルックさんはエニウエトクの核被害と現状を訴える ための NPO を設立し、世界に向けての発信を始めて います。
(2人のお子さん、左は池谷千穂さん)


厳しい自然の中で生きていくには、島嶼間での助け合いが必要でした

そのために彼らはそれぞれ遠く離れた島々でありながら共通した言語を持つのです。

大国間の争い、核の被害は彼らの命と健康を奪っただけでなく、伝統的な生活様式をはじめ、かけがえのない様々なものを奪ってしまったのです。


チューイングガムと環境教育

海岸のいたる所で浸食の激しい状況が見られます。

 

太平洋の他の島々が同じように「地球温暖化による海面上昇」で島や国自体が水没して消滅の危機にあると言われ、温室効果ガスの大量排出国の責任が問われています。

 

しかし原因はそれだけではないように思います。

もともと64の小島からなるマジュロ環礁は、そのうち主な12島が第二次世界大戦後に埋め立てられ地続きになっています。

この事による海岸浸食の影響は計り知れません。

8年前の潜水調査で見られた見事な造礁サンゴは、昨年の調査で急激に白化が進み、今回の調査では浅場のサンゴは死滅し、瓦礫になっていました。

 

日本でも、多くの海岸線がコンクリートで固められ、埋め立てられて、「自然の渚」が消えていく現実を目にしてきました。

そして沖縄本島からはサンゴが消え去っていったのです。

 

そんな歴史をそのまま歩んでいるように思えてなりません…。

マーシャルの人口の半分近くを占める26,000人が首都マジュロに住み、都市集中化が進んでいます。

海への影響において最も大きなインパクトを与えているのは、人の増加にほかならないのです。

勿論そのことによるゴミの問題も深刻で、皮肉なことに海抜の一番高い所がゴミ捨て場内の「ゴミの山」となっている現実があります。

 

今マーシャルで起きている様々な問題は、正に地球レベルでの問題が凝縮されているように思えるのです。



そんな中、かねてからの望みだったマジュロの小学校での公開授業(高学年クラスの環境教育授業)に参加しました。

トピックは Waste Reduction (ゴミ削減)。実際には道に落ちているごみをゴミ箱に捨てるというシュミレーションと段ボールを使ってのゴミ箱作りなどで60分授業の大半が終わりました。

 

終了後の他校からの見学教員達との意見交換で、ガムをかんでいる生徒が何割かいる事に対しても意見が出ました。

禁止するかしないかは教員によるとの事。(学校では禁止していない)授業中にガムをかんでいることへの可否や道徳的な問題以前に、ごみ問題の授業で、せっかくクチャクチャやっている生徒が多いのだから、「いつも噛んでいるガムをどうしているか?」という事を取り上げてみる事の方が、生徒たちの「気づき」になるのではと思い、意見を出しました。(マーシャルの子どもたちはガムをそのままペッと捨てます。)

 

授業は正に「ライブ」であり、環境教育の基本は身近な事からの気づきがあってこそだと思うのです。

マーシャルへの私達の想い、サポート、そして協働の基本には、彼らの生活感情や身近な問題を理解することから始めなければなりません。

その事で、実際には彼らから学ぶことの方が多いように思います。

夕暮れ時、岸壁の上で人種を超えた“酒盛り”の場に出会いました。

異人種が酒を共にするというのは他の国ではなかなか見られません。

“ヤッコエ!”と言うと誰でも受け入れてくれるマーシャルの人々、そして日中の暑さを癒してくれる心地よい貿易風の吹く夕暮れが私は大好きです。